• 漢方薬シリーズコンテンツ「岸本京子先生に聞きました」

岸本京子先生 プロフィール

東京医科大学麻酔科学教室に入局、麻酔とペインクリニックに従事する傍ら漢方を学ぶ。認定漢方専門医。現在は八丁堀石川クリニックの院長。

医療法人社団 方伎会 八丁堀石川クリニック  診療科目 小児科 内科  

漢方は哲学のようなもの

Q

まずは漢方薬と西洋薬の違い、について教えてください。

岸本先生

東洋医学は、もともと人間の力を引き出すことを目的としています。まだ科学というものがない時代の、2000年以上も前に生まれたのですから、全人的(心と体が一体)な考えに基づかれています。例えば、「気」は生命エネルギーと考えられていますが、この「気」が足りなかったり、異常になったりすると、体に不調をきたします。これは漢方でいう「気虚」という状態ですね。そうなると「気」を取り込まなくてはいけません。どうやって取り込むかというと、例えば空気を吸って肺から取り込んだり、食べ物を食べて取り込んだりすることができます。ちなみに、この食べ物と呼吸から取り入れてできた「気」を「後天の気」と呼びます。一方で、「先天の気」というのがあり、これは先祖から代々受け継がれた「気」です。この「先天の気」は、加齢と共にどんどん減っていきます。ですから、いつまでも元気でいるために「後天の気」をうまく取り入れていくことが重要になってきますね。

Q

確かに「元気」「気持ち」という言葉からも「気」は心と体、両方に関係しているように感じます。

岸本先生

そうですね、漢方の考えは哲学的なんです。紀元前600年以前の頃の大昔は、医学も哲学も、学問は全てが一つとして考えられていたのですが、ソクラテス以降、局所的な見方になってきて、心と体が分断されて考えられるようになり学問も細分化されていきます。それが現代の西洋医学に反映されているわけです。

心と体に足りていないものを補う薬を「補剤(ほざい)」と言います。反対に、不調にしている原因を取りのぞく薬を「瀉剤(しゃざい)」といいます。どちらかというと、西洋医学では「瀉剤」が中心に使われます。漢方では、気・血・水(き・けつ・すい)に足りないものを補って全人的なバランスを整え、自然治癒力を高めていくのですが、西洋医学では、病の原因を排出していく、または局所的に定めて対策していく、というように考えることができます。そこが漢方薬と西洋薬の違いの一つですね。

漢方医への道を歩むことになったある体験

Q

先生と漢方の出会いはどのようなものだったのでしょうか。

岸本先生

子どもの頃、小児喘息で、体が弱く学校も休みがちでした。当時かかっていた先生が、安心感のある雰囲気の先生で、それでお医者さんになることに憧れを持ちました。それから、ニュースなどで見る世界中の戦争や貧困で困っている人たちを医療で助けたい、という思いが強くなり、中学生の頃には医師になることを決めました。

大学では麻酔科に入りました。最初は小児科を希望していたのですが、臨床実習の時に、麻酔科の先輩から「小児科の医師になる前に、麻酔科で全身管理を覚えてからでも」とアドバイスを受けたことから麻酔科へ。実際の大学病院の麻酔科の仕事はかなりタフで、手術する場合は他の先生より1時間程早く入らなくてはいけなかったりということもあります。出産と育児も重なっていました。それで、ある時じんましんが出たのです。疲れがたまっていたのでしょうね。これがなかなか治らなくて。

麻酔科では、ペイン(痛み)をとる治療をおこなっており、その際に漢方薬を使うことがあります。そのため、漢方の専門医である山田先生に師事し学び始めたところでした。私自身も悩んでいたじんましんについて、その山田先生にも診てもらえることになりました。煎じ薬を1つ処方してもらって、その日の夜に飲んで寝たところ、何人もの先生に診てもらっても改善しなかったじんましんが、翌朝には治っていたのです。本当に、一服で。それから、漢方について、今まで以上に熱心に勉強するようになりました。これが、漢方医を目指すきっかけになりました。 漢方専門医になった現在も、診療以外の日には、被災地のイベントなどに行くこともあり多忙にしていますが、それでも体調がそこまで悪くならないのは、漢方が作用しているからかもしれませんね。

漢方医の先生は、何かしら自分自身が漢方の恩恵を受けている先生が多いと思いますよ。実体験があって、それで漢方への理解が深まるのだと思います。

漢方の世界は奥が深いので、私もまだまだ入り口に立ったばかり。毎日が勉強です。

 

体質を見極める

Q

これから漢方薬を飲もうという方に何かアドバイスはありますか?

岸本先生

冒頭でお話させていただきましたように、漢方の考えは全人的で、「心身一如(しんしんいちにょ)」。心と身体は表裏一体で、全体で元気になることが大切、という考えです。気持ちをポジティブにして自己治癒力を高めることがポイントとなってきます。

例えば、コップに水が半分程度入っていたとして、その水の量が多いなと思われる方と、少ないなと思われる方がいらっしゃいますよね。人それぞれ考え方や物の見え方が異なります。ポジティブに考えたり、ネガティブに考えたり。考えの違いに加えて、考え方の癖や習慣などもありますから、簡単にポジティブに考えるように変えていくことが難しい人もいます。そのような人においても、気持ちと体調、それぞれがポジティブな状態になれるように後押ししてくれるのが漢方の役目です。

そのためには、ご本人が現在、どういう状態かを見極めなくてはいけません。

Q

「証」を見極める、ということでしょうか。(証=漢方でいう体質を含む現在の状態。)

岸本先生

そうです。「実証」と「虚証」に大きく分けられますが、例えば「虚証」の方は冷えやすい。なので、先ほどお話した「補剤(ほざい)」を中心に使います。

ただ、この「証」の見極めが難しいのです。患者さんで事前にメールなどで相談される方がいらっしゃいますが、そのメールで書かれた症状からその方の「証」を想像していると、実際に会って診察してみたら、全く違う薬の方が合っていたということもあります。証の判断、薬の選択に迷う場合、もし疑問に思ったら、まずは漢方専門医か、医師、薬剤師などに相談してみると良いと思います。

そして、どの「証」でも、まず漢方薬を飲もうと思われている方は、何かしら不調がある方でしょうから、そんな方は「治るんだ」と気持ちをポジティブにすることを心がけて飲んでもらうと良いと思います。

漢方と更年期症状

Q

漢方薬は更年期症状と相性が良いと言われていますが。

岸本先生

更年期症状のある方は、漢方薬は飲んだ方がいいですね。

生物的に女性は、出産し、子どもを育てる体になっています。種の保存のため、女性が出産育児に耐えうるように元気な体を保つため、女性ホルモンであるエストロゲンが出ていて、この女性ホルモンによってコレステロールがコントロールされ、ストレスにも強くいることができます。この女性ホルモンが、50歳前後でパタっと出なくなってしまう。昔と違い、現代では50歳前後はまだまだ人生の折り返しといってもいいくらい長寿になり、皆様のライフスタイルも変わりました。まだまだ50歳以降も元気でいなくてはいけないのに、 女性ホルモンはもう出ない。ストレスにも弱くなり、コレステロール値も高くなりやすくなるのです。

Q

こ、こわいですね。

岸本先生

こわがらずにポジティブに考えましょう。

漢方では「血の道症」という概念があり、月経、妊娠、出産、産後、更年期など女性のホルモンの変動に伴って現れる精神不安やいらだちなどの精神神経症状および身体症状のことを指します。更年期症状を含む広い症状の概念ですね。漢方の「気・血・水」の考えの「血」が深く関わっています。女性は、月経や出産など、血を出す局面が多いです。

漢方薬での更年期症状緩和は、ホルモン療法以外の選択肢として注目されています。証に合った適切な薬を利用することが大切ですが、ホットフラッシュなどがある人に効く漢方薬もあります。更年期症状で悩んでいる方、更年期かな?と不調を感じている方は、ぜひ漢方薬も考えてみるとよいと思います。

漢方薬は大切に使って欲しい

岸本先生

漢方薬は女性とも相性がいいですし、少しでも多くの方に広まると良いと思います。ただ、もし漢方薬をお使いになるなら、ぜひ大切に使っていただきたいのです。

漢方薬は、主に生薬を2種類以上混ぜて処方しています。この生薬、大変貴重なものも多いのです。化石などもありますし、現時点で日本に輸入ができないものもあります。そういった貴重な限りのある天然資源からできているということを理解していただき、ぜひ漢方薬を大事に使っていただきたいですね。

後は、何か疑問に思ったりすることがあれば、気軽にお近くの漢方専門医、医師、または薬剤師にお尋ねになるといいと思いますよ。

Q

先生のお話をお聞きして、漢方薬について理解が深まった気がします。ありがとうございました。

 

※本記事には、先生の体験談を含みます。

 

*このインタビューは2018年8月に石川クリニックにて行われました。